★森歩きと秋の味覚探し★
この日は残念ながら雨、でも小降りだからカッパを来てGoGoGo。最近の子供はカッパを着ない子もいるらしい。雨の日は親が送り迎えするのだ。長靴で、水溜りの中をビシャビシャになりながら歩くの楽しいのにね。全員カッパを装着して出発。まず、森に入る前に、敷地内の池を見に行く。敷地無いには隣り合って2つ池がある。その一つはカエルの池と呼ばれている。春になると、カエルが産卵に山から下りてくるのだ。カエルもサケのように、生まれた池で産卵をするようだ。すぐ近くにあるもう一つの池で産卵するカエルはいないそうだ。もう一つの池には小川が流れ込んでいる。その小川は昔、金鉱だったところから来ていて、探せば金が見つかるかもって話しだった。砂金取りプログラムを開催しても面白いかもね。川を覗くと、キラキラしたものがあちらこちらに。おーー、金だと思ったがどうやら違うようだ。なんか軽い気がする。それが全部金だったら大金持ちになれそうだ。
森は道路を渡った反対側にある。平地で林業もやり易そうだ。うちの実家の植林地は山なので、とても作業が大変だ。道路沿いにはまだ小さい木が植えてあった。4歳と5歳だそうだ。4,5年前にはそこに樹齢50年の木が堂々と立っていた。50年経つと立派な材木として出荷されるのだ。
たけさんは現在40代半ば。50年前に植えられた木は生まれる前で、多分この小さな木を自分自身で切ることはないだろう。林業とは、子や孫に受け継いでいく気の遠くなるような仕事だ。しかし、50年間暇と言うわけではない。樹齢4,5年だと下草刈と言って、幼い木の周りに生える草を刈ってあげないと木が隠れてしまって、成長が遅くなる。広大な面積の草を刈るだけでも大変な作業だ。それに、間伐、枝打ちとその他にもやることはいっぱいだ。
森に入ると、間伐があまりされていなく、若い木の場所とは対照的に薄暗く下草は生えていなかった。やはり、忙しくて、手が回っていないようだ。若い時はジャマな下草だが、木が成長すると森の健康状態のバロメーターとなる。下草が生えていないということは、木が込み合っているのだ。そうゆう状況だと、枝が伸びることができなく、木が成長できないのだ。だから、間伐をする必要がある。間伐とは、木を切って間引くことをいう。野菜でも、種を沢山まいて、成長の悪い苗を間引いていく。林業も同じなのだ。間伐をすると森の中がぱーっと明るくなり、生命感が溢れ出し、とても気持ちのいい森となる。
しかし、同じような森に見えて、下に小さな木が生えている場所がある。同じような間隔、同じような木の太さなのになんでだろう?答えは植えられている木が違うのだ。ここにはヒノキが植えられている。スギに比べヒノキの方が枝ぶりが小さい。ゆえに、同じように見えても、ヒノキの木の下には日があたり、植物が育つのだ。うちの実家の山はスギとヒノキがごちゃまぜなので、こんな現象はみたことない。スギとヒノキの境界線がはっきりしているのはめずらしいと東京農大の先生も言っていたようだ。そこにその植物や動物がいるのにはちゃんと訳があるのだ。面白いね。
今回の目的は森を見ることだけではない。秋の味覚も探さなくてはならないのだ。暑く長い夏の後は急に寒くなり秋が深まった10月。本当は、むかごやあけびを収穫する予定だったが、すでに時期がすぎてしまった。残念。むかごは山芋の種でイモみたいで、塩茹でにするとおつまみに最高なのだ。ということで、キノコを探すことになった。スギヒラダケを見つけた。その名のとおり、スギに生えるキノコだ。ちょっと小さいけどいっぱいあった。次に発見したのが、スッポンダケ。見た目がスッポンの頭みたいだからそう呼ばれているようだ。下のまるい球根みたいのはすごくプヨプヨしていてすごい不思議な感じがした。すごいくさいキノコでおいしくないと
まろは言っていたが、とりあえず収穫してみた。実はスギヒラダケもあまりおいしいものではないようだ。
このままじゃ、秋の味覚が。。。と思っていた椎茸を栽培していたところに出くわした。凄い肉厚でおいしそう。売り物の椎茸はオガクズで作ることが多い。成長が早いようだ。しかし、原木で栽培したほうが肉厚でおいしいようだ。
たけさんが栽培している椎茸だ。取りたいだけ取っていいといわれると、みんなすごい燃える。まるで、スーパーの特売で、袋詰め放題300円とかの状態だ。そんなにいれちゃ持ちにくいでしょ。(笑)椎茸の食べごろの判断は裏側のヒラヒラが開いているかどうかで解る。見るのは大変なので、手で触ってみると簡単にわかる。椎茸は勝手に生えてくるのではない。原木に穴をあけて、椎茸の菌が繁殖している木のコマを打ち込むのだ。子供のころやった記憶がある。ひたすらムキになって穴あけに燃えていたような気がする。原木は朽ち果てるまで何年か使える。通常4〜5年くらいのようだが、もちろん原木の太さで変ってくる。
その後、ヒラタケを収穫させてもらい
たけさんの家に招待された。おおすごい門だ。蔵がある家でも驚くが、こんな立派な門があるなんて驚きだ。しかも、この門は450年前からあるそうだ。450年前というと1550年くらい。明治元年が1869年。関が原の戦い(江戸時代前)が1600年。「桶狭間の戦い」で織田信長が今川義元を破ったのが1560年だ。ということで安土桃山時代から門があるのだ。すごい。これまた凄いことに家も築450年。まだ土間があり、とてもなつかしい感じだ。最近の家は持ちが悪く30年〜40年でダメになってしまうこともある。10倍も長持ちなのだ。使い捨ての世の中、大量のゴミを生み出している世の中とは別次元を感じた。しかし、きっと、それはちょっと前の日本では当たり前のことであり、450年の歴史の凄さをものがたっているようにも思えた。土間でお茶を頂きながら、いろいろなお話を聞きました。毛無山は金山で、
たけさんのご先祖様は金山の管理を代々していたようだ。ここの土地は、支配者が今川、武田、徳川と交代している。その当時の金の取引の古文書もあるそうだ。その後は雨の中、畑で里芋掘り。キノコだけじゃちょっとさみしいからね。ここでもちょっと掘りすぎちゃいました。
掘った里芋はイモ洗い用の水車に入れて皮むきを行う。普段は
たけさんのお父さんが使っているもののようだ。水車の中に里芋をゴロゴロっと入れ、蓋をして水車に水を引けば、水車がまわり中の里芋が転がって泥が落ち、皮が剥けるという具合だ。昔の人の知恵はすごいなぁ。しかし、いくら水車に水を引いても水車が回らない。水がかかる角度や、里芋の量を減らし、水量を増やしても回らないのだ。
たけさんは見たことはあっても使ったことはない。ちょっと困ってた。仕方がないので、手で水車をゴロゴロ回した。なんか、手で洗ったほうが早いような気もしたが、何が何でも水車でイモ洗いしないと気が済まない雰囲気になっていた。こうゆう時ってチームワークが良くなるよね。もしかしたら、神様からのプレゼントだったのかもしれない。里芋が洗い終わったころに
たけさんのお父さんが現れた。なんかタイミングが抜群だ。どうして水車が回らないか聞いてみると、どうも水量が足りないらしい。これ以上増やせないので今日はちょっと無理みたい。雨が降ってるのになぁ。水路のどこかが詰っているのかな?でも、大体洗えたからよしとしよう。